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★ハ★     INDEX

【BIRTH TOUR】 (ばーすつあー)
 長い空白の後の尾崎最後のツアーで、6年ぶり5ヶ月間に37会場56本のツアーを無事終了した。
 このツアーはMCも多く、笑顔もあった。そして、最後にこう言った。「次のツアーで会いましょう」・・・。
『会場』
 「横浜アリーナ」(91.5.20〜22)、「大阪厚生年金会館」(91.6.1.〜3)、「佐賀市文化会館」(91.6.8)、
 「宮崎市民会館」(91.6.10)、「鹿児島市民文化ホール第一ホール」(91.6.11)、「大分文化会館」
 (91.6.13)、「九州厚生年金会館」(91.6.14)、「香川県県民ホール」(91.6.22)、「愛知県県民文化
 会館メインホール」(91.6.23)、「倉敷市民会館」(91.6.25)、「徳山市文化会館」(91.6.26)、「名古屋
 国際会議場センチュリー・ホール」(91.6.29〜30)、「静岡市民文化会館」(91.7.2〜3)、「長崎市
 公会堂」(91.7.12)、「熊本市公会堂」(91.7.13)、「福岡サンパレス」(91.7.15〜17)、「青森市文化
 会館」(91.7.23)、「秋田県民会館」(91.7.24)、「群馬県民会館」(91.8.4)、「宇都宮市文化会館」
 (91.8.6)、「京都会館第一ホール」(91.8.11)、「岡山市民会館」(91.8.14)、「メルパルクホール広島」
 (91.8.15〜16)、島根県民会館(91.9.19)、「北海道厚生年金会館」(91.8.22〜23)、「郡山市民文化 
 センター」(91.8.27)、「岩手県民会館」(91.8.29〜30)、「宮城県民会館」(91.8.30〜31)、「山形県民
 会館」(91.9.2)、「神戸文化ホール」(91.9.5〜6)、「茨城県立県民文化センター」(91.9.20)、「新潟県民
 会館」(91.9.24〜5)、「石川厚生年金会館」(91.9.27)、「長野市民会館」(91.9.28)
『会場(THE DAY)』
 「大阪城ホール」(91.1.2.〜3)、「名古屋レインボーホール」(91.10.13〜14)
 「代々木オリンピックプール」(91.10.24〜25・10.29〜30)
『演奏曲』
 1.FIRE 2.Driving All Night 3.十七歳の地図 4.Scrambling Rock'n'Roll 5.僕が僕であるために
 6.ロザーナ 7.黄昏ゆく街で 8.音のない部屋 9.虹 10.COOKIE 11.きっと忘れない
 12.卒業 13.LOVE WAY 14.禁猟区 15.COLD JAIL NIGHT 16.KISS 17.RED SHOES STORY
 18.Freeze Moon 「アンコール 1」19.永遠の胸 20.太陽の破片 21.誕生
 「アンコール 2」22. I LOVE YOU 23.シェリー 24.15の夜
『演奏曲(THE DAY)』
 1.FIRE 2.Driving All Night 3.十七歳の地図 4.Scrambling Rock'n'Roll 5.僕が僕であるために
 6.ロザーナ 7.虹 8.きっと忘れない 9.COOKIE 10.卒業 11.LOVE WAY 12.KISS 13.RED SHOES STORY
 14.Freeze Moon 15.永遠の胸 16.太陽の破片 17.誕生 「アンコール 1」18. I LOVE YOU 19.シェリー
 「アンコール 2」20.15の夜 (最終日)「アンコール 3」21.ダンスホール

【Birthday Special】 (ばーすでーすぺしゃる)
 尾崎が亡くなった92年から尾崎の誕生日を記念して行われるイベント。
 第1回(92.11.29)は東京ベイNKホールで行われた。
 放熱への証〜Confession For Exist〜ツアー最終日で、
 27才の誕生日にFC会員限定の「Birthdayコンサート」が催されるはずだった。
 この日を第1回「Birthday Special」として、吉川晃司、須藤晃、田島照久、見城徹、
 佐藤輝、平山雄一
が思い出を語った。
 現在はFC,一般を問わず、須藤氏の語りと尾崎の映像等で尾崎の誕生日前後に開催されている。
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【BIRTH Night 尾崎豊】 (ばーすないと おざきゆたか)
 FM802にて1990年11月11日にオンエアーされたラジオ番組で、
 アルバム『誕生』について尾崎が自らの言葉で語っている。
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【Heart Of Klaxon】 (はーとおぶくらくしょん)
 中期まで尾崎と共に活動したバックバンド。
 ライブビデオなどを見ると、デビューライブでは学生バンド並みだったのが
 段々とプロとして変容(パワーアップ)してゆく様子もわかる。
 Guitar「江口正祥」「鴇田靖」、Bass「田口政人」、Keyboard「井上敦夫」、Drums「吉浦芳一」で、
 その後、「井上敦夫」が脱退し、PIANO「樫原伸彦」、SYN「松原博」が加入。
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  公式ブログ(江口正祥)
  公式ブログ(樫原伸彦)
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【ハイスクールRock'n'Roll】 (はいすくーるろっくんろーる)
 「十七歳の地図」収録。英題「HIGH SCHOOL ROCK'N'ROLL」。編曲:西本明。
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【バイト】 (ばいと)
 ・高校1年の頃、ピアノを買うために新聞配達と皿洗い(ロイヤルホスト新座店)のバイトをしていた。
  けんちん汁屋でもバイトしてた。お兄さんと一緒に近所のビルの水槽の清掃のアルバイトもした。
 ・ひとりの平均的な高校生になろうと努力する一方で、アルバイトを始めた。
  新聞配達だ。毎朝、午前三時に起床、新聞販売店にかけ込み、チラシを挟み込む。それを自転車に積み込み、
  配り始める。受け持ちは180部。それを六時ごろまでかかって配り終え、学校に向かう。収入は月二万円。
  毎朝、早朝三時におき、一仕事終えてからの登校、六時間授業を受ける。高校生にとっては重労働だ。
  授業中、たびたび居眠りをしてしまった。
  ところが、豊はもうひとつバイトを増やすのである。学校から渋谷駅に向かう、もうひとつのルートが宮益坂。
  その途中にある定食屋で、皿洗いのバイトを始めた。カウンターがひとつあるだけの小さな店。
  授業が終わった夕方の四時ごろから、彼はそこで、エプロンを掛け、せっせと皿洗いをした。
  終わるのは夜の10時ごろ。それから帰宅すると夜11時すぎになった。
  青山学院では、アルバイトは家の事情でやむを得ない場合にのみ許可されていたが、
  バイトをする生徒はごくまれで、それまではほとんど見られなかった。豊はこの点でも例外中の例外だった。
  〜ポポロより〜
   公式ページ
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【Bow!】 (ばう)
 「回帰線」収録。編曲:西本明。
 「ぼう」じゃありません。「ばう」と読むと「礼する」「屈服する」の意味。

【HOUND DOG】 (はうんどどっぐ)
 マザーの先輩であり、大友康平の結婚式にも出席。また、86年1月1日「福岡国際センター」終了後、
 無期限活動停止に入った尾崎が、同1月、ハウンド・ドック武道館公演最終日に吉川晃司とともにステージに現れた。
  (「forever OZAKI」より)
大友康平
【墓】 (はか)
 納骨は平成四年十一月二十九日に行われた。
 場所:狭山湖畔霊園第9区墓地
 住所:埼玉県所沢市上山口2050
 最寄り駅:西武球場前駅
 「生きること、それは日々を告白してゆくことだろう 放熱への証  尾崎豊」
  公式サイト
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尾崎の墓

【はじまりさえ歌えない 】 (はじまりさえうたえない)
 「十七歳の地図」・同名3rdシングル(84.8.25)収録。英題「CAN'T SING EVEN THE BEGINNING」。編曲:西本明。
 1985年1月に世田谷区代田で一人暮らしをはじめて、初めて作った曲。
 尾崎板の名無しの元ネタです。

【初めて歌った曲】 (はじめてうたったきょく)
 井上陽水の曲は全部好きだったけど、ギターを弾けるようになって初めて歌ったのは、「なごり雪」。

【初めて書いた尾崎豊I LOVE YOU】 (はじめてかいたおざきゆたかあいらぶゆー)
 アルバム(95.1.10)。インストゥルメンタルとミニ写真集。尾崎健一氏監修。(笠倉出版)
『収録曲』
 1.I LOVE YOU (orchestrated Version) 2.街の風景 3.群衆の中の猫 4.OH MY LITTLE GIRL
 5.坂の下に見えたあの街に 6.15の夜 7.シェリー 8.卒業 9.I LOVE YOU 
 10.OH MY LITTLE GIRL (orchestrated Version)

【初めて作った曲】 (はじめてつくったきょく)
 初めて作ったのは、「ダンスホール」と「町の風景」。
 国語の時間に必死で書き上げた。 (月刊角川より)

【バックバンド】 (ばっくばんど)
 十代の頃は「Heart of Klaxon」(前身エイプリルバンド)。アルバム「BIRTH」はアメリカから
 バンドメンバーを呼び、ツアーは「バースツアーバンド」を結成。
  バックバンド詳細
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【バックボーカル】 (ばっくぼーかる)
 大沢誉志幸 4th ALBUM ”infinity”の2曲目”LADY VANISH”という曲で尾崎がバックボーカルやってます。
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  関連商品
大沢誉志幸

【初恋】 (はつこい)
 初恋の人は、田柄保育園に通園していた時の「アコちゃん」という丸顔の女の子で、
 お母さんに雰囲気が似ていたそうです。そして、彼女が転園した日、尾崎は給食も
 おやつも食べないで、一日中泣いていたそうです。(ROCKIN' ON JAPAN FILEより)
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【初レコーディング】 (はつれこーでぃんぐ)
 六本木ソニーAスタジオ。(1983年7月30日18:00 〜 31日)
 「愛の消えた街」「15の夜」「僕が僕であるために」の3曲。

【母の日】 (ははのひ)
 高校1年の時、「母の日」にレースの飾りのついた帽子をプレゼントした。
 それには、「お母さん、そのうち楽をさせてあげるよ」と手紙が添えてあった。
 母親を一言で泣かせるフレーズが得意だった。(尾崎健一談)

【浜田省吾】 (はまだしょうご)
 尾崎が影響を受けたアーティスト。
 1952年12月29日生まれ。(広島県出身)
 神奈川大学中退。73年「愛奴」結成。74年、吉田拓郎のバックバンドとして参加(ドラム担当)。
 75年5月1日CBS・SONYより「愛奴」デビュー、同9月末脱退。76年4月21日ソロ・デビュー。
 尾崎ファンの中にも彼のファンは多い。
 94年4月21日に尾崎の参りに行っている。
  公式サイト
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浜田省吾
【早すぎる伝説】(はやすぎるでんせつ)
 ・テレビ番組。フジ系列全7局 1986年1月14日0時25分から1時間放送。
  正式タイトルは「YUTAKA OZAKI Last Teenage Appearance 早すぎる伝説 1985・11・15」
  1985年11月15日に代々木オリンピックプールで行われたライブを放送する。
  放送後に大反響を呼び、ネット拡大再放送される。
 ・DVD「625DAYS」のオマケDVDとしても販売。

【早すぎる伝説 ディレクターズカット】 (はやすぎるでんせつ でぃれくたーずかっと)
 2004年11月28日に東京国際フォーラムを手始めに全国28ヵ所で上映されたフィルムコンサートツアー。
 早すぎる伝説(≒ビデオ「LAST TEENAGE APPEARANCE」)が未公開映像も含め上映された。
 またこのコンサートには楽屋風景などを収録した特典DVD付き。
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【反核】 (はんかく)
 「核(CORE)」の初期の頃のLIVEで歌ってた曲。
 歌詞も結構違う。
 例・「なぜ俺はこんなにも、怯えているのだろ〜♪」。
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★ヒ★     INDEX

【ピアノ】 (ぴあの)
 尾崎は高校生時代ピアノが欲しかった。それを買うためにバイトを掛け持ちした。
 そしてその後、'82CBSソニー最優秀アーティストに選ばれた記念に、マザーより念願のピアノを寄贈された。
 ライブでは主に卒業の弾き語りに使用。
 ちなみに、オーディションに合格でもらったピアノは、「青春時代」がヒットした森田公一氏が以前使用していたもの。
 また、目黒のマンションには、元ゴダイゴのミッキー吉野氏が昔、使用していた組み立て式のグランドピアノがあった。
森田公一 ミッキー吉野

【ピアノインテリア尾崎豊作品集】 (ぴあのいんてりあおざきゆたかさくひんしゅう)
 TAKAYOSHI HIRANO によるピアノソロのインストゥルメンタルアルバム。(2001.4.4:KING RECORDS)
『収録曲』
 1.I LOVE YOU 2.自由への扉 3.シェリー 4.ドーナツ・ショップ 5.OH MY LITTLE GIRL 6.ダンスホール
 7.Forget-me-not 8.僕が僕であるために 9.ふたつの心 10.十七歳の地図 11.理由 12.卒業
尾崎豊作品集 ピアノ・インテリア
【BEATCHILD】 (びーとちゃいるど)
 1987年8月22日18:00〜23日6:00(予定)。12時間オールナイト野外ライブ。70000人動員。
 熊本県阿蘇郡久木野「アスペクタ」で開催された集中豪雨の中での伝説のライブ。
『出演者』
 「UP-BEAT」「岡村靖幸」「尾崎豊」「小松康伸」「佐野元春with THE HEARTLAND」
 「白井貴子&CRAZY BOYS」「THE STREET SLIDERS」「HOUND DOG」
 「THE BLUE HEARTS」「BOOWY」「RED WARRIORS」「渡辺美里」
 『飛び入りゲスト』「辻仁成(ECHOES)」、「黒水伸一(THE SHAEKS)」、「THE HEART(デビュー前)」
『尾崎参加曲目』
 「シェリー」「Driving All Night」「Bow!」「街角の風の中」
 「十七歳の地図」「Scrambling Rock'n'Roll」「Freeze Moon」計7曲
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【弾き語り】 (ひきがたり)
 尾崎ファンといったら弾き語り。
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尾崎豊 ギター弾き語り全集 尾崎豊ベスト曲集―ギター弾き語り やさしく弾ける尾崎豊ピアノ・ソロ・アルバム
【飛騨高山】 (ひだたかやま)
 岐阜県。祖父母の故郷で、父健一氏が小学3年生から上京するまで住んでいた。
 尾崎は、幼児期と少年期、そして成人して3回の計5回訪れている。
 尾崎はここに本籍を置いていた。一歳の頃、母が危篤に陥り、その間祖母に預けられる。
 父・健一さんは自らの著書で「この頃に母と離された経験が、後の彼の孤独感を形成していったのでは?」と記す。
 関係ないが、ほおば味噌が名産。おいしかった。
  公式サイト
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飛騨の朴葉みそセット 【飛騨コンロ付】
【棺】 (ひつぎ)
 棺に納められたものは「青のオベイション」「愛用のシャツ」「ジーンズ」「CD」。

【必需品】 (ひつじゅひん)
 「サインペン」pentel33色 「クレヨン」ぺんてる30色 「色鉛筆」polychromos36色等の画材
 「鉛筆」MITSU-BISHI9800 HB 「ボールペン」LANCEL 「香水」ヴェルサーチ 「シャンプー」レラ105
 「トリートメント」レラ81 「ヘアムース」ギャツビー・HARD、資生堂ルポ・スーパーハード、資生堂ウイング・ハードムース
 「歯磨」コルゲート 「ボディーシャンプー」ビオレU 「その他」リステリン
Lancelot 5シリーズ ブラック レラヘアソープ81・300ml コルゲート ホワイトニング ビオレU 580ML 薬用リステリン 1000ml 【楽天野球団】
【日比谷野外音楽堂】 (ひびややがいおんがくどう)
 ・日比谷公内にある大音楽堂で通称「日比谷野音」とも言う。
 ・1984年7月1日、尾崎は「白井貴子」の前座として出演。同年8月4日に行われた反核ライブ「アトミック・カフェ」に出演し、
  2曲目の「Scrambling Rock'n'Roll」の間奏で高さ6〜7メートルの照明用イントレに登り、間奏終了に間に合わず飛び降りた。
  そして右足を骨折し入院する。
 ・翌8月5日、尾崎豊、小山卓司、吉川晃司の3人のジョイントコンサートに出演出来ず、この日開始時刻に「十七歳の地図」が
  流され前日の事故報告の後、「今日、尾崎から集まってくれたファンの皆様にプレゼントがあります。感謝の気持ちです」、
  とステージの両サイドからハトが、一斉に飛び立つと客席から「ワーッ」と声が上がる。(GBより)
  コンサートの成り行きを見るために集まった”彼”のスタッフたちは強い日ざしの下で、なんだかニコニコしている風に見えた。
  「昨日の今日だからね、なかなかハトが集まらなかったんだ」と汗をふいた。不安のやり過ごし方のひとつに、ニコニコするという手はある。(GB)
 住所:千代田区日比谷公園1-3
 最寄り駅:地下鉄東京メトロ日比谷線「日比谷」又は「霞ヶ関」、JR「有楽町」
『演奏曲』
 1.核(CORE) 2.Scrambling Rock'n'Roll 3.十七歳の地図 4.愛の消えた街
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日比谷野外音楽堂
【Before the Seventeen's Map】 (びふぉあーざせぶんてぃーんずまっぷ)
 ホワイトアルバムなどに収録の曲にアレンジを加えたアルバム。(97.1.22:トランスビート)
 2枚組で2枚目はインスト。さらに直筆ノート付き。
『収録曲(2枚とも)』
 1.ダンスホール 2.町の風景 3.Street Blues 4.秋風 5.もうおまえしか見えない 6.弱くてバカげてて 7.酔いどれ

【平山雄一】 (ひらやまゆういち)
 1953年1月10日生まれ。バイト生活を経て、音楽評論家。
 『GB』『月刊カドカワ』他音楽雑誌で尾崎をインタビュー。
 尾崎との最後のインタビューアーでもある。
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【ビリー・ジョエル】 (びりー・じょえる:Billy Joel)
 「Honesty」の人。
 1949年5月9日生まれ。NY出身。ドイツ人の両親の長男で本名「ウィリアム・マーティン・ジョエル」。
 父の影響で3歳でモーツァルトを弾き、4歳で本格的なレッスンを受ける。少年時代はプレスリーを学校で歌い、ジャズやR&Bを聴く。
 そして、ビ−トルズの出現によりロック・アーティストになる事を決意。また「ウエストサイド物語」の影響で、
 16歳から3年間ボクシングで28戦22勝するが鼻の骨を折り、リングを去る。先ず地元のクラブでピアノ弾きから始め、
 音楽と学業の両立が困難で大学進学を断念。67年ハッスルズ加入、「THE HASSLES」でデビュー。69年脱退。
 71年「コールド・スプリング・ハーバー」でソロ・デビュー。78年「素顔のままで」がグラミー賞で最優秀楽曲賞受賞し、
 全米ツアーも大成功で、4月には初来日。99年「ロックの殿堂入り」。
 数々の栄光と挫折をくり返し、ビリーの名曲は時代を超え今も生き続ける。
  公式サイト
ビリー・ジョエル

★フ★     INDEX

【FIRE】 (ふぁいあー)
 「誕生」収録。編曲:尾崎豊・星勝。
 事故った時に駆けつけたパトカーの中で作った曲。

【FIRST LIVE CONCERT TOUR】 (ふぁーすとらいぶ こんさーとつあー)
 初めてのコンサートツアー(ライブハウス以外)で全21公演。
『会場』
 「秋田市文化会館」(84.12.3)、「新庄市民文化会館」(84.12.4)、「仙台市民会館」(84.12.5)、「島根県民会館(84.12.10)
 「岡山市民文化ホール」(84.12.11)、「山口市民会館」(84.12.13)、「福岡都久志会館」(84.12.15)、「広島県真講堂(84.12.20)
 「大阪厚生年金会館」(84.12.21.)、「石川県教育会館」(84.12.25)、「新潟市公会堂」(84.12.27)、「高松オリーブホール」(85.1.7)
 「松山市民会館」(85.1.8)、「高知県民会館グリーンホール」(85.1.10)、「日本青年館」(85.1.12)、「浜松福祉文化会館」(85.1.18)
 「宇都宮文化会館」(85.1.22)、「群馬県民会館」(85.1.23)、「京都会館」(85.1.28)、「名古屋芸創センター」(85.2.5)、
 「札幌教育文化会館」(85.2.7)
『演奏曲』
 1.シェリー 2.はじまりさえ歌えない 3.Driving All Night 4.Bow ! 5.傷つけた人々へ 6.ドーナツ・ショップ 7.僕が僕であるために
 8.街の風景 9.OH MY LITTLE GIRL 10.核(CORE) 11.卒業 12.Scrap Alley 13.ハイスクールRock'n'Roll 14.Scrambling Rock'n'Roll
 15.十七歳の地図 16.愛の消えた街 17. 15の夜 18.Freeze Moon 19. I LOVE YOU 「アンコール」 20.ダンスホール
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【ファンの有名人】 (ふぁんのゆうめいじん)
 尾崎ファンの有名人。
 松井秀喜・キャイ〜ン-天野・KONISHIKI・内田有紀・福山雅治・島田紳助・木村拓哉・山崎邦生・品川庄治-品川
 GLAY-TAKURO・よゐこ-浜口・ココリコ-遠藤・保田圭・伊藤英明・田辺誠一・笠井信輔アナ、極楽-加藤、などなどまだ多数。
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【Forget-me-not】 (ふぉーげっとみーのっと)
 「壊れた扉から」・同名17thシングル(01.4.25)収録。編曲:西本明。
 尾崎が十代最後に作った曲。
 作るのに物凄い苦労しました。
 尾崎豊板人気投票で第1位。
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【福田信】 (ふくだまこと)
 尾崎が所属していたマザーの、何かと悪名高い社長。
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福田信
【藤沢映子】 (ふじさわえいこ)
 1956年生まれ。三重県出身。
 実践女子大学卒業。編集プロダクション勤務を経てフリーへ。
 そして「PATI-PATI」創刊メインスタッフになり「尾崎豊」「吉川晃司」「チェッカーズ」等担当。
 音楽ライターとして十代の尾崎をインタビューし続けた。著書に『YESに影響されたNO』がある。
 その後音楽ライターとして多数の書籍を出版。編集プロダクション「フロック」設立。
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藤沢映子
【藤沢BOW】 (ふじさわばう)
 1984年2月14日に尾崎が出演した、神奈川県藤沢市にあったライブハウスの名前で、
 尾崎も「Bow!」という曲が「回帰線」に入っているが、このライブハウスと関係あるかどうかは定かではない。

【ふたつの心】 (ふたつのこころ)
 「放熱への証」収録。英題「Two Hearts」。編曲:尾崎豊・今泉洋。
 風呂の中で30分で作りました。
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【武道館】 (ぶどうかん)
 1982年8月、「高体連秋の大会」に剣道部の副将として出場し、
 3階の壁に、「いつか必ずここでコンサートをする 尾崎」と刻み込む。
 その夢が「放熱への証ツアー」の「武道館コンサート」(92.6.16-17)で叶えられるはずだった。
 正式には「日本武道館」と言い、武道の競技やライブの他数々のイベントが行われる。
 「武道館ライブ」とはアーティストの最高峰の証でもある。
 住所:千代田区北の丸公園2番3号(都営新宿線九段下駅徒歩5分)
  公式サイト

日本武道館
【ブランド】 (ぶらんど)
 尾崎が愛用していたブランド。
 【Zero】
  尾崎はアイソトープに出勤する時や、社長として仕事をする時、
  「Zero」のビジネスバックを使用していた。
 【ブルガリ】
  時計、ネックレス、ブレスレット、結婚指輪など、
  アクセサリーはイタリアのブランド「ブルガリ」の物がほとんどだった。
 【ジャンニ・ベルサーチ】
  尾崎が愛用していたイタリアのブランド。
  友達の間で尾崎が「ジャンニ」というあだ名で呼ばれることも・・・。
  1990年に個人事務所ISOTOPEを設立し、アーティストと社長業の両立をはかる。
  主に社長業の時に「ベルサーチ」のスーツを着用していた。
  棚のココからココまで全部と言って、一度に800万円以上買った事がある。
 【ピアジェ】
  繁美さんとペアで三百数十万の時計。
 【アルマーニ】
  スーツ他。
 【モスキーノ】
  スーツ他。
 【フェレ・ジーンズ】
  尾崎のジーンズサイズは28インチ。   10代の頃は「リーバイス」のジーンズに「ヘインズ」の白いTシャツが定番だった。
  20歳を過ぎた頃からファッションの幅も広がり、ある撮影の時スタイリストの人が
  「どこのメーカーのジーンズを履いてるの?」と尾崎に質問。
  尾崎は「どこのメーカーかわからないけど、とっても履きやすいんだ」と応えた。
  そこで、タグを見てみるとイタリアのブランド『フェレ・ジーンズ』のものだった。   その後、尾崎のジーンズ指定銘柄は『フェレ・ジーンズ』となった。
 【ソラノ】
  尾崎にとってブーツは欠かすことのないアイテムだった。そしてブーツは『ソノラ』と決めていた。
  気に入ったものを何足もそろえていて、特に黒と茶は3・4足づつ持っていた。
 【シャツ・ジャケット】
  ライブの時はジーンズと決めていた尾崎。
  そのためステージで映えるようにと、ジーンズに合わせて着るシャツ、ジャケット
  は色のきれいな物や柄ものを用意していた。
  特に気に入ってたシャツのブランドはイタリアの『ビブロス』フランスの『ガラージュ』
  バースツアーのパンフレットの中でも着ていたバラ模様のシャツや、赤いシャツなどがそれにあたる。
 【サングラス】
  尾崎はサングラスが好きで「レイバン」「レノマ」「アランミクリ」など10種類以上集めていた。
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【Freeze Moon】 (ふりーずむーん)
 「壊れた扉から」収録。旧題「バーガーショップ」。編曲:尾崎豊&Heart Of Klaxon。
 PVは、とにかくペンキをぶっかけられまくってます。
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【ブルース・スプリングスティーン】 (ぶるーす・すぷりんぐすてぃーん:Bruce Springsteen)
 『「ザ・リバー」で初めて聴いて、最初はそれほど衝撃的でもなかったけど、聴いてるうちに
 だんだん引きずり込まれるところがあって味が出てきて、僕の心に定着するようになった。
 ぱっと見ると、他愛のない恋の歌だったりするんだけど、歌い方が凄く皺がれていて、全然
 違うイメージが伝わってきて、好きになっていった。』(ミュージック・マガジンより)
 1949年9月23日生まれ。(アメリカ出身)
  公式サイト
ブルース・スプリングスティーン
【ブルースによる 尾崎豊作品集】 (ぶるーすによる おざきゆたかさくひんしゅう)
 92年7月23日発売。インストゥルメンタルアルバム。(日本クラウン)
『収録曲』
 1.I LOVE YOU 2.十七歳の地図 3.永遠の胸 4.シェリー 5.Scrambling Rock'n'Roll 6.誕生
 7.僕が僕であるために 8..Freeze Moon 9.太陽の破片 10.Driving All Night 11.卒業

【プロフィール】 (ぷろふぃーる)
 1965年11月29日生まれ。射手座。B型。身長178cm(FC会報)。体重 平均57kg。出身地東京都。実家は埼玉県朝霞市。
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★ヘ★     INDEX

【米軍キャンプ】 (べいぐんきゃんぷ)
 「壊れた扉から」収録。英題「BASE CAMP」。編曲:西本明。
 練馬にあった「グラントハイツ(光が丘)」(第18代大統領、グラント将軍の名から命名されたが、当時はグランドハイツと発音)
 という米軍基地の住宅地跡のことで、ここに工場があった。(現在は光が丘団地)
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【ペット】 (ぺっと)
 子供の頃:猫のチロ(ブチ・オス)
 一人暮らしの時:犬のジャニス。平成9年12月17日逝去。
 ジャニスは、社団法人ジャパンケンネルクラブ発行、国際公認血統証明書によると犬種「ダックスフンド(ミニチュア)」。
 登録番号115DHM-5486/86。性メス、毛色レッド。繁殖者ヨシタロー・イノウエ(東京)。1986年11月15日生まれ。
 牡牝各一匹ずつ生まれたうちのメスの一匹。ちなみに保育園の頃「おざきみけ」という小動物も飼っていたらしい。
 (尾崎健一著「尾崎豊 誕生」より)
チロ ジャニス

★ホ★     INDEX

【保育園・小学校】 (ほいくえん・しょうがっこう)
 田柄保育園 (最初に通った練馬区の保育園)
 春日町第二保育園 (転園した練馬区の保育園)
 田柄第二小学校 (最初に通った練馬の小学校)
 朝霞第二小学校 (転向して登校拒否になった小学校)

【放熱への証】 (ほうねつへのあかし)
 6thアルバム(92.5.10)。英題「CONFESSION FOR EXIST」。
 オリコン 最高1位・売上109.8万枚。
 ・『シングルカットされた「汚れた絆」で始まる今回のアルバムは
  「生きること、それは日々を告白することである」
  というテーマで産み出された。人は、結局、人と関わることでしか生きてゆけない。
  たとえそれが、喜びであれ痛みだとしても、その日々を彩るありとあらゆる希望と
  対極にある、どうしようも無い絶望と、今は未だ、そのどちらとも決められず、
  自分自身の中に閉じ込めて置くしかない現実・・・。』
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『収録曲』
 1.汚れた絆 2.自由への扉 3.Get it down 4.優しい陽射し 5.贖罪 6.ふたつの心
 7.原色の孤独 8.太陽の瞳 9.Monday Morning 10.闇の告白 11.Mama,say good-bye
放熱への証
【放熱への証ツアー】 (ほうねつへのあかしつあー)
 チケットまで販売して、行うはずだったツアーです・・・。
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【忘年会】 (ぼうねんかい)
 1991年12月28日(尾崎、お父さん、お母さん、他社員3名)。
 この日は大掃除をした後、豊社長が来る前に忘年会の準備をしようということになり、
 ピザを頼んだり、ビールやら、つまみやらを買出しに行ったりと、大忙しでした。
 さて、準備も万端。でも、いくら待ってもメインの豊社長が現れない。今か今かと、皆で
 首を長くして待っていると、豊社長からの電話。「みんな、居る?」「いますよっ!待ってるんですよ豊社長を!」
 「えーっ!じゃあっワイン買って、急いでいくー」ガチャンッ。それから30分後、ドアが開く音と同時に、
 靴を脱ぎ捨てる音がした。みんな揃って「来たぁ〜」の一声。「ごめんね〜道が混んじゃってさ〜」と、両手に
 ワインの入った袋を抱えた、豊社長が部屋に入って来ました。早速、豊社長の乾杯の音頭で忘年会の幕が上がりました。
 豊社長が裕哉君の話を本当に嬉しそうに話してたのが印象的です。翌日からは、冬休みということもあって、忘年会は夜の
 8時頃でお開きになり、片付けをして、解散。帰り際に、お母様が、「来年もよろしくね!気をつけてね」と私に声をかけて
 くれました。いつも、そうやって、何かと気を使って下さる優しい方でした。
 その翌日に、お母様が心筋梗塞で亡くなってしまうなんて。思いもよらない報告を
 受けたその時は、ただ、ただ、涙だけが止めどなく溢れてきて。  ひとりぼっちになってしまった様な心境でした。
  (FC会報より抜粋)

【ポカリスエット】 (ぽかりすえっと)
 大塚製薬が販売しているスポーツドリンク。
 尾崎がライブでいつも飲んでいたのはポカリ。いつも観客に吹いていたのもポカリ。
 DVDなどの映像には尾崎が美味そうにポカリを飲んでるシーンが多く収録されています。
 大塚製薬さん、こんな尾崎の映像をCMで使ってみてはいかがでしょうか。話題性バッチリですよ。
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  公式サイト
【僕が僕であるために 】 (ぼくがぼくであるために)
 「十七歳の地図」収録。英題「MY SONG」。編曲:町支寛二。
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【僕が僕であるために〜尾崎豊・魂の記録〜】 (...おざきゆたか たましいのきろく)
 テレビ番組。
 佐藤輝氏が500時間に及び撮りつづけた映像から、ほんの一部に基づいて放送された番組。
 1998年1月15日「成人の日」にNHK総合テレビ(21:10〜22:10)で放送された。
 MCをふんだんに取り入れたライブの模様、ビデオ「告白」、ライブツアーの移動中や
 リハーサルの様子、NYでの生活、ファンの尾崎への思いを交えて、尾崎の素顔が紹介される。

【僕が僕であるために〜26歳のメッセージ〜】 (...にじゅうろくさいのめっせーじ)
 ラジオ番組。TOKYO-FM 2004年4月29日 11時半から20時放送。
 8時間半というボリュームでT-FMスペイン坂スタジオから生放送。ゲストは極楽とんぼ。
 須藤晃・佐藤輝インタビュー、代々木体育館歌碑の中継、トリビュート参加者の生出演などなど。
 番組中に重複含め65曲も尾崎の曲が流され、過去最大級の尾崎番組となった。
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【星勝】 (ほしかつ)
 アルバム「誕生」のアレンジャー。
 1948年8月19日生まれ。東京都出身。編曲家、作曲家、スタジオミュージシャン。
 1966年、鈴木ヒロミツ等とGS「モップス」を結成。当時から作曲やアレンジを担当していた。
 その後、尾崎が子供の頃聴いていた、井上陽水のアルバム「氷の世界」や、安全地帯、
 玉置浩二、その他の作曲、編曲で活躍。そして須藤さんとも交友がある。
星勝

【ホワイトアルバム】 (ほわいとあるばむ)
 題名のないアルバム。通称で「ホワイトアルバム」。(96.3.27)トランスビート
 オリコン 最高5位・売上22.7万枚。
 16歳の時に尾崎がオーディションに送ったテープをCDに起こした。
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『収録曲』
 1.もうおまえしか見えない 2.町の風景 3.Street Blues 4.ダンスホール 5.秋風 6.酔いどれ 7.弱くてバカげてて
ホワイトアルバム
【ホワイト&インテリジェントシリーズ尾崎豊作品集】 (ほわいと あんど いんてりじぇんとしりーずおざきゆたかさくひんしゅう)
 1992年発売 インストゥルメンタル (アルファ)
『収録曲』
 1.I LOVE YOU 2.僕が僕であるために 3.LIFE 4.卒業 5.OH MY LITTLE GIRL 6.ダンスホール
 7.誰かのクラクション 8.ふたつの心 9.シェリー 10.自由への扉 11.Forget-me-not 12.優しい陽射し

【香港】 (ほんこん)
 ニューヨークへ行く前に、尾崎は1986年5月12日から香港に行っている。
 計画は広がり香港でエアラインのオープンチケットを買い、とりあえずニューヨークへ、さらにヨーロッパ、
 そして、アフリカまで回ることを考えていたが気が変わり一度日本に戻り、ニューヨークへ旅立つ。
  「forever OZAKI」より
 香港で大変なカルチャーショックを受けたらしく、小学生のころ初めて見た秋葉原の街にもどこか似ていると言っていた。
  「尾崎繁美 親愛なる遥いあなたへ」より
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香港



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